(参考1)2021.2.4 朝日新聞夕刊1面トップ記事
「地下40bの工事安全か 住宅街で道路陥没『想定外』 大深度リニアにも適用」
(参考2)2021.2.18 朝日新聞(社説)「地下工事で穴 過信を排し安全確保を」
以下は、私たちの見解です。
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2021年2月9日
朝日新聞2021年2月4日夕刊1面トップ記事についての見解
外環ネット
東京外環道訴訟原告団・弁護団
朝日新聞は2月4日夕刊1面トップで、「地下40bの工事安全か 住宅街で道路陥没『想定外』 大深度リニアにも適用」との見出しで、調布市で起きた東京外環道トンネル直上の陥没、空洞発見問題について、リードのほか、本文134行、写真2枚、図表2枚豆解説つきの長大な記事を掲載しました。
この問題に取り組んできた私たちは、この事故が大きく取り上げられ、広く議論の的となることを期待するものですが、この記事は、事実関係での明らかな誤りを含め、結局、国交省、東京都、NEXCO2社による事業者側の主張を紹介することに終始した一方的な記事といわざるを得ません。以下、事実に基づいて指摘し、朝日新聞が公正な立場で、読者・住民の側に立って、取材、報道されるよう求めるものです。
1:「想定外」であるわけがない
私たちが第一に指摘しなければならないのは、記事は「住宅街で道路陥没『想定外』」の見出しにあるとおり、陥没事故が「想定外」だったとする「地盤工学の専門家」の発言をベースに展開されている、ということです。
私たちは、既に裁判の最初から、というより、2014年に東京外環道事業の大深度地下使用認可に対して異議を申し立てた当初から、他の工事の事例などを含めて、こうした事態が起こる危険性を指摘し続けてきました。最も直近の事例は、2020年6月の相鉄・東急直通線の新横浜トンネル工事直上の道路陥没で、類似の地層です。しかし、事業者側はこうした問題提起を一顧だにせず工事を強行し続け、この事態が起きたのです。
朝日新聞はその事実を十分知っていたにも拘わらず、それを無視し、「ある地盤工学の専門家」なる者に、「想定外だった」と語らせ、「驚いた」と報じています。私たちに言わせれば、その専門家は、余りにも事実を知らなさすぎますし、まさか談話が「ねつ造」だとは考えたくはありませんが、この問題は、それが記事のベースになっているだけに看過できません。「ある地盤工学の専門家」なる方はどなたでしょうか。
事故が「想定外」だったかどうかは、陥没について事業者の過失責任の程度の判定に関わる重大な問題です。
今回の陥没は、一般の道路陥没とは異なり、私たちが生活している住宅の真下で、しかも当事者に告知されないまま工事が行われた結果、突然起きたものであり、侵さざるものとして認められた財産権、自己に関わる情報を知る権利、健康で文化的な生活を保障した生存権、人格権をも侵す基本的人権の重大な侵害事件であり、工事の目的である「公共の福祉」に寄与するどころか、公共事業に対する国民の信頼を根本から破壊するものです。
この記事はリードに「安全か」と書きながら、その「危険性」と「問題性」について、あまりにも通り一遍になっていないでしょうか。「安全」を強調する事業者の主張に対峙する「被害の実態」や「制度的な問題点」について、バランスを欠いているように思います。
2:地盤は「緩かった」のか、「緩くされた」のか?
さらに、記事は「NEXCO東日本関東支社によると、周辺の地盤が緩いことは把握していたものの、有識者委の調査で、その程度が想定以上だったと判明した」としていますが、これは、有識者委員会の報告を意識的に歪め、その責任を免れようとする事業者の宣伝に乗った認識だと考えざるをえません。
今回の陥没のあと、事業者は陥没の周辺で慌ててボーリング調査を実施し、その過程で3つの空洞が発見されましたが、問題は、陥没以前のボーリング調査では、「緩い」地盤ではなかった事実です。
この地域のボーリングは、約1100mの間に1本だけ、両端を含めて3本のボーリング調査が行われていたのですが、そのボーリングによると地盤は上総層群・東久留米層の砂層、一部礫層で、地盤の硬さや締まりの程度を評価する「N値」は50以上のしっかり固まった地層でした。そもそもN値50以上のしっかりした地盤でなかったとしたら、なぜそんな場所にトンネルを掘ることになったのでしょうか。
この「しっかりした地盤」が、地下の工事によって、「ゆるゆるの地盤」にされてしまったということは、有識者委員会の調査でも明らかにされていることです。事実は「緩かった地盤」を掘削したために陥没が起きたのではなく、しっかりした地盤を掘削していたマシンが「工事の失敗」で、砂・礫を取り込みすぎて空隙が生じ、砂層の圧力が抜けて地表付近にまで地盤の緩みが生じ、陥没、空洞を生じさせたことが、事故後の調査で推測される状況になったのです。
記事はこの事実について、事業者側の意図的に前後を逆さにした説明を鵜呑みにしています。陥没があった地域については、一部で「もともと住宅地など作るべき場所ではなかった」との誤った報道がなされていましたが、陥没・空洞が起こった場所は「地盤の緩い」入間川の沖積地などではなく、かつて畑や牧草地だった台地の緩やかな傾斜地です。事業者は、あえてこれを曖昧にして、今回まだ掘削が行われていない北行コースの入間川沖積地と混同させているのです。
しかもそれは、地表下5〜6bまでのことで、工事によって地下47bまでの地盤を緩めてしまったことについては、まったく触れていません。
また、記事のまとめでは、2人の地盤工学者が「工事関係者らの間で『大深度地下は安全』と過大に解釈されているところがある」と指摘しながら、結果的には、しっかり調査し、対策すれば工事を進められると結論しています。
しかし、地域の住民が、現在もゆるゆるにされた地盤の上で不安の中に生活していることにはまったく触れていません。もし、このような地盤の状態で大きな地震に襲われた時にどうなるのか、に想像が及ばないのでしょうか。
3:大深度地下法はメリットだけなのか? デメリットを書かない記事は一方的である
私たちは、今回の記事が、陥没や被害を告発する記事でも、事業者側の発表や記者会見を伝える記事でもなく、夕刊1面を全面的に使って、いわば総括的に問題を伝えようとした記事だけに、多くの読者の認識を誤らせる危険を感じ、朝日新聞に改めて、問題を指摘しその報道姿勢をただしたいと考えました。
記事は主見出しが「地下40bの工事安全か」とされているとおり、今回の陥没、空洞発見を機会に、大深度地下法について解説し、その問題点を指摘しようとした記事だと考えられます。ところが、記事では、「同法が適用されれば、首都圏、近畿圏、中部圏の3大都市圏で用地買収や住民に対する事前の補償が不要となり、直線に近いルートでのトンネル建設が可能になるなどのメリットがある」と書き、外環道のほかリニア新幹線、神戸市の送水管整備、大阪府の寝屋川北部地下河川の事業が認可されている、と報じ、「国交省のウェブサイトには、神戸市の事業で大深度地下の活用により工期を短縮でき、工事費も縮減できたとの記載がある」と紹介しています。
しかし、残念なことに、この記事の中、あるいは併載された豆解説「大深度地下使用法」の中に、この法律の「デメリット」は一切書かれていません。それどころか、直線化できることがメリットとされているのに、外環道事業では高架計画をそのまま地下に降ろしたため、この地域では直線になっていないことを知っているのでしょうか。
「1」でも指摘したように、大深度地下法とそれに基づく工事の結果、この事故が発生したことは、この法律と制度自体が大きな問題をはらんでいることを明らかにしました。問題になっているのは、その制度そのものであり、運用そのものであることをなぜ指摘できないのでしょうか。
私たちは、大深度地下法については憲法違反(29条財産権ほか)の法律だと主張し、外環道事業については、大深度地下使用認可は無効であり、都市計画事業の承認、認可は違法であるとして2017年12月に東京地裁に訴え、署名運動も進めてきています。しかし、記事はこのことにはほとんど触れていません。記事で「メリット」と書かれているのは、事業者にとってはメリットでしょうが、そのまま住民にとってはデメリットです。記事は、そのことを無視し、前述の通り本来の「争点」である住民にとっての財産権、生存権、幸福追求権、知る権利などの基本的人権の侵害については全く触れられていません。
豆解説についても、この記事が問題の全体像を書こうとしたものであれば、現段階での法律の問題点を指摘すべきです。「通常使われない」とか「地表に影響を与えない」といった大深度地下法の前提が「虚構」であったことが明らかになったことを指摘すべきです。
4:事業期間延伸訴訟は陥没の話で始まったのではない
記事では、陥没の被害にふれたあとで「近隣住民らは昨年12月25日、今年3月までのトンネル工事期間の延長を認めないよう国と都に求め、東京地裁に提訴した」とし、あたかもこの提訴が陥没に端を発した話であるかのような印象を与えています。
しかし、この点も正確ではありません。外環道の都市計画事業としての国の承認及び東京都の認可は、当初から「施行期間」を2021年3月31日までと定めて行われていたことから、そのままでは同日をもって自動的に工事はできなくなります。そこで、事業者は、近日中に事業施行期間の延伸の承認・認可を申請してくると予想されます。そこで、私たち2017年12月18日に東京地裁に提訴した東京外環道大深度地下使用認可無効確認等請求事件(以下「東京外環道訴訟」)の原告は、国と東京都に対し、上記施行期間の終了をもって本件事業を終了するよう、そのような施行期間延伸の承認・認可の差止訴訟を提起した次第です。これにより裁判所は、次の第10回口頭弁論(3月2日)では、従前の訴訟との併合手続を行い、これまで行ってきた双方の主張と証拠がそのまま引き継がれて審理が続けられることになります。
これについては、昨年12月25日東京地裁の司法記者クラブにおける記者会見でも解説しており、私たちとしては正確な形で報道していただきたい問題です。
総じて、この記事は、私たちが3年余にわたって取り組み、司法記者クラブ等の記者会見などでそのことをお伝えしている訴訟について、きちんと触れられていません。こうした特集的記事を書かれる場合には、裁判の争点(事業の公共性、必要性、事業費、施行期間、環境影響評価、説明責任等)を抜きに論じられることではないように思います。
5:被害者と被害の実態についての報道が乏しい
言うまでもなく、今回の陥没は、当初は「因果関係があるかどうかわからない」と言っていた事業者が、昨年12月18日の中間報告公表時に「何らかの影響があったと認めざるを得ない」というところまで、事実関係が明らかになった事件です。
朝日新聞は事故後、むさしの版などの地方版では被害の実態や事業者の住民説明会などについて丁寧に取材しています。
しかし、そうした積み重ねがあるにもかかわらず、この記事では、「工事」についての報道に終始し、その被害の持つ深刻さや被害を引き起こした事業者の倫理観や能力の欠如、そしてその背後にある大深度地下法の違憲性について触れようとしていません。
考えてみてください。朝日新聞は、なぜ、こうした記事を書かなければならなかったのでしょうか。それは、まさに陥没事故が起きてしまったからであり、これによって住民の生活基盤が破壊され、振動・騒音、住宅破損、そしてPTSD・低周波音症候群などの健康被害が発生し、それが問題になっているからではないでしょうか。
住民の健康被害についても、事業者が何らかの対応をすべきですが、これについては原因究明の検討さえも行われていません。トンネルの上に住む住民を実験台にし、その基本的人権を侵害していることについて事業者には反省がありません。
朝日新聞は工事のメリットを強調する事業者に対して、被害の実態を突きつけ、「これをどうするんだ?」と問いかけてこそ、読者の側にたつジャーナリズムではないでしょうか。
地方版で、その実態が伝えられているだけに、この特集記事でそれがほとんどなかったのは、あまりに一方的ではないか、と考えます。
6:リニア問題への言及はこれでよかったのか
記事は、「リニア新幹線でも同様の手法の工事が進められる予定だ。今回のような事故が起こりうるのか」とリードで書いて問題提起をしています。しかし、問題を掘り下げることなく、「少しでも懸念があればしっかり対策を講ずるべきだ」(稲積教授)とか、「十分にモニタリングしながら工事を進めるしかない」(風間教授)とか、「必要な対策をきちんと講じ、…住民に丁寧に説明したうえで、周囲の環境への影響がないことを確認しながら工事を進めていく」(JR東海)といった話で終わらせています。
しかし、私たちは、これまで耳にタコができるほど聞かされて来ました。その結果が今回の陥没事故です。リニア新幹線大深度直上の住民はこうした説明すらほとんど受けていないと聞いています。
今回の事故が起きて、リニア新幹線問題に取り組んでいる住民たちは、以前からの私たちの運動との交流に加え、多くの場所で反対の姿勢を一層固めています。
ところが記事は、「リニアでは、品川―名古屋間の286`のうち都市部の約50`が大深度地下工事の区間で、21年度に最深106bのトンネル工事を開始する予定」とし、国会での「適切に施工が行われれば、大深度地下で地盤沈下は生じない」とする事業者側の主張だけをとりあげており、これも一方的と言わざるをえません。
リニア新幹線は、当初から環境破壊、工事発生土、ウラン、水涸れ、電磁波の問題などが言われているほか、ルートには、日本を代表する糸魚川・静岡構造線や中央構造線をはじめ、多くの断層帯を横切るなどの問題があります。そのうえ、都市部では住宅の下を通るため、外環道と全く同様の問題が出されています。既に訴訟で争われているこうした問題について、記事は不思議なことに全く触れていません。
ご承知のように、東京外環道建設は、陥没事故以後、掘削のシールドマシンは、現在停止しています。しかし、マシン停止後も、周辺の小さな騒音、微振動があり、これは完成したトンネル内の作業の影響ではないかと確認や調査が求められている状況です。しかも調布市をはじめ、沿線各市区は「原因究明、再発防止策が図られるまで、シールドマシン工事を停止すること」を求めています。いま、外環道とリニア新幹線を同一に論じることはできないにしても、外環道で起きた問題をこのままに、リニア新幹線建設を進めていくことを認めていっていいのでしょうか。その意味で、リニア新幹線工事の推進を求めるかのような紙面作りには違和感を禁じ得ません。
7:朝日新聞の積極的なジャーナリズム活動を求めます
東京外環道問題は、1966年の都市計画決定以来、半世紀を超える論争的問題です。大深度地下法が登場して、以前の高架による計画は安易にそのまま地下に変更されました。さらに、社会経済の状況も大きく変化し、今必要なのは、計画そのものを見直すことです。ですから、この事故の報道に求められているのは、事故の実態から問題の本質に迫り、そうした議論を実りあるものにすることです。
そして、「今回のような事故が起こりうる」とすれば、「それを止めるためにどうするか」は、ジャーナリズムが提起すべきことではないでしょうか。
それは、事業者の言葉の真偽を判断することなく受け売りで記事にするのでなく、今回の陥没、空洞発見の持つ意味、認識から始まり、国策公共事業の本質や事業者の体質まで掘り下げないと、同様の事故の再発のお先棒を担ぐことにしかならないのではないでしょうか?
改めて朝日新聞の真摯な報道と積極的な問題提起を期待します。
以上
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推薦:浜 矩子(同志社大学教授) あけび書房
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